fu967の日記

手芸のブログです。

りすのあみぐるみ🐿️🍓

りすのあみぐるみ🐿️🍓



 

「りすのきのこ狩り」 佐々木泉さん ちいさなかわいいあみぐるみと小物 ブティック社

「いちご」 おおまちまきさん あみぐるみの森 学研

を見て作りました。

 

 


「りすのきのこ狩り」ということで、りすが赤いきのこを持っているデザインでしたがきのこはまだ作っていません。代わりにいちごやマフラー、かごバッグを編みました。

 茶色のりすは去年の1月に作ってありました。薄茶の毛糸で2匹目の尻尾を編んだところで父が入院したりドタバタでそのままになっていたのを最近になって夜に少しずつ続きを編みました。

 動物のあみぐるみは時間がかかるのですが、いちごや小物はすぐにできるので気分転換になります。りすにいちご🍓を持たせてみるとローズピンクのいちごが一番かわいく見えるようでした。

 

 私は何となく、りすはどんぐりなど木の実を食べるがきのこは食べないと思っていたので、あみぐるみの本を見て「どうしてきのこ狩りにしたのかな。茶色のどんぐりより赤いきのこの方がかわいいので持たせたかったのかな。」と思っていました。そこで調べてみたところりすはきのこを食べるということがわかってびっくりしました。きのこを食べている写真も見ました。色々知らないことがありますね。


 

 

ちいさいパンダとクマのあみぐるみ🐼🐻

ちいさいパンダとクマのあみぐるみ🐼🐻



「ミニパンダさん」「ちょこんとクマさん」 ヨシダヨウコさん よくわかるあみぐるみ  ダイソーあみものブック

モチーフつなぎの敷物は、きっかけ本㊼かぎ針編みのモチーフつなぎ 雄鶏社 (作品デザイン・編み方指導 遠藤ひろみさん)

を見て作りました。 

 かごは小物入れとして以前に作ったものです。

 最近は夜に気分転換にちいさいものを編んでいるので、パンダとクマは小さいのですぐにできるかなと編みはじめました。あみぐるみの本に「あみもの初心者さんのための」とあるし、あまり時間がかからず編めるかなと思っていたら、私が編み図を読み間違えたり、途中まで編んでみて毛糸が気に入らず違う毛糸でやり直したり、編み目の数が合わなくなったりして何回も解いたり編み直したりで時間がかかってしまいました。 

 パンダの黒い毛糸が編み目がよく見えず編みにくかったです。私はパンダが好きなので以前からパンダを編んでみたかったのですが今回初めてパンダを編みました。

 そして一番時間がかかったのがクマの目です。本では動眼をつけてあり、それがかわいいと思ったんですが家にある動眼をつけてみたら大きさが合わないのかあまりかわいくなりません。ダイソーで少し大きいサイズを買ってきてつけ直しましたがこれもなぜかかわいくなりません。

 それで羊毛フェルトで白目を作り毛糸で黒目を刺繍しました。つけてみると羊毛フェルトに厚みがあるし毛糸刺繍で余計に厚みが出てしまい、つけると目が大きいし飛び出して変な感じです。羊毛フェルトを外してもう一度動眼をつけてみたがやはり気に入らず羊毛フェルトに戻して、もうこれでいいことにしたかったのですが何回見てもやっぱり大きすぎるし、飛び出していて似合っていないのでやり直すことにしました。

 フェルトで白目と黒目(黒がなくて青いフェルトになりました)を切ってつけたところ厚みもなく、一番ましな感じになりました。羊毛フェルトにせず最初からフェルトにしたらよかったんですが小さな丸をハサミで綺麗に切り抜けないと思ったのです。なめらかな輪郭になるようちょっとずつ何回も切りました。6回ぐらいボンドで目玉をはりなおしたのでクマの目のまわりの編み地がボンドでゴワゴワになりましたが大きすぎない飛び出していない目玉👀になったので良かったです。今回は本のとおりにオレンジと赤でクマを編みましたが青で「あおいくま」※もよかったなと思いました。

 ダイソーの本に載っているあみぐるみはイラストがそのままあみぐるみになった感じでかわいいです。作者のヨシダさんのお店が東京にあるようでインスタグラムにキジのあみぐるみが載っていてかわいかったです。

 100円でこんな本が買えるのはうれしいのですが最近はダイソーに行ってもあみものやお菓子の本が売っていないように思うので残念です。売っているのをよく見かけた時はいつでも買えると思って買わなかったけれどシフォンケーキやスコーンの本など欲しかった本もありました。

 ※あせるな、怒るな、いばるな、くさるな、負けるなの頭文字があおいくまになります。

「干支ぐるみ 辰」と12年前の辰🐉

  

干支ぐるみ 辰🐉

 パンドラハウス手作りレシピ 「干支ぐるみ 辰」を見て作りました。 

 

 11月に父が亡くなり、色々手続きをしなくてはならず申告のやり方を調べたり、実家で書類を探したりしております。自分に手続きに必要な知識がないけれども、どうしてもやらなければならないことなので調べながら色々やっていると、自分で間違えずにできるのか、専門家にお願いしなくてもいいのかと頭がいっぱいになってしまい、編み物で気分転換しようと夜に少しずつ作っています。

 この干支ぐるみはイオンに行った時に、材料を買うと編み方を下さるというのでアクリル中細毛糸の好きな色3色(レシピではアクリル並太毛糸)と木綿の刺繍糸1色(角とたてがみ、ヒゲに使います)を買いました。

 購入後レシピに参考資料として、胴体が白で角がピンクのラメ、など基本の組み合わせ以外に4種類載ってたいたのでラメもいいなと思ってラメの刺繍糸をセリアで追加で買いました。 

 角やたてがみを編むのにラメの刺繍糸を半分に割って編みます。本体が並太毛糸ならばラメの糸はそのままの太さでよいのですが本体に中細毛糸を選んだのでラメの糸の太さを調節します。編んでみると細かくて編み目が見えないし、編むための糸でないからか硬くて編みにくいです。糸をかぎ針にうまく引っかけられない時があり、かけ直そうにも糸がよく見えず色々やっていると編み目がほどけてしまったりと、ちょっと編むだけなのにすごく時間がかかりました。ヒゲは針金に糸を隙間なく巻きつけないとならないのですが隙間ができてしまって何回もやり直しました。

 角とたてがみとヒゲをがんばれば、胴体は中細毛糸ですので編み目がよく見えて編みやすかったです。

 

 だんだん慣れてきたので5匹編めました。


 5匹のうち、ちょっとだけ大きめの辰は100円ショップのラメの入った糸で胴体を、木綿の刺繍糸で角を編んだ辰です。

 

 

 福村弘美さんの辰と対面です。

 

 12年前に辰の編みぐるみを作ったのが編みぐるみを作るようになったきっかけです。ハマナカのホームページあむゆーずに干支のストラップの編み方が載っていたのを編みました。齋藤郁子さんのデザインです。

 その時は今より視力も良かったので編み目もよく見えて楽しく編めました。

 

 辰の揃い踏み写真です。

 

 

一緒に遊ぼう!竜の編みぐるみ

一緒に遊ぼう!竜の編みぐるみ



一緒に遊ぼう!竜の編みぐるみ 福村弘美さん

すてきにハンドメイド2023年12月号 NHK出版

 今年も福村弘美さんデザインの干支がすてきにハンドメイドに載りました。想像上の生き物なのでどんなになるのかなとテキストの発売を待っていましたが、期待どおりにかわいらしいです。

 テキストは黄緑の毛糸を指定しているので家にある毛糸を探しましたが、黄緑色の毛糸は夏にカエルを編むのに使ってしまってありません。今まで買っていたイオンのアクリル毛糸は極細は販売していないようなので、通販で取り寄せようと探しましたが一玉売りの黄緑の極細アクリル毛糸はなぜか売り切れていました。干支の辰(竜)はグリーン系が多いように思うので私も黄緑か薄緑がよかったんですが仕方ないので水色にしました。出来上がってみたら水色もいいなと思えてきました。

「うさぎをボール遊びに誘う竜」と「カバンを下ろしてやる気になったうさぎ」のつもりで撮った写真です。

 

 

 眉毛の刺しゅうが5〜6回やり直しても気にいる表情になりません。先生の作品は眉毛が上がっていてもかわいらしいのですが、自分の作ったのは悪そうな表情になってしまいました。どうしても気に入らなかったら後日やり直そうかと思っていましたが、見なれてきたら気にならなくなりました。

 

 


 その後、用事に出かけた場所の近くにある地元の毛糸屋さんに行ってみたら欲しかった黄緑色とうぐいす色の毛糸が売っていたので買ってきました。同じ市内なのですが家から遠くて普段あまり行かないところにあるのです。その近くに紙の専門店もあり、そこでも欲しかった便箋を見つけて買いました。白い無地の便箋ですが繊維を漉き込んであるのできれいなのです。20年以上前に買った便箋で目上の方へのお手紙などに使ってましたが残り2枚となったのであちこちのお店で同じ便箋でなくても「繊維が漉き込んである白い便箋」がないか探しましたが売っていません。そしたら紙のお店で全く同じ便箋があったので喜びました。きれいな色のボールペン(インクは黒)があったのでそれも買いました。

 

 最後に残念な報告ですみませんが父が11月に亡くなりました。父は2月からずっと病院か施設におり、職員の皆様にお世話になりながらひとりで本当によくがんばりました。病院も施設もコロナで少ししか面会できなかったのですが父はコロナで面会できないというのを理解できてなかったみたいです。私たちが忙しいので面会に来ないと思っていたのではないかと思います。それでも泣き言を言わずにおりました。父の入院した病院は10月からは30分だけですが平日は毎日面会できるようになりました。その時父は脳出血で意識朦朧状態だったのですが私は父の手のひらを毎日揉みました。手を持つと握り返してきたので、来たなと思ってくれていたかもしれません。

 去年は母が亡くなりましたので家の掃除、片付けなどで両親のいなくなった実家に行くと泣けてくる時もありますが色々やらないといけないこともあるのでがんばります。

 

 

 

電車のシールをくれる駅員さん

 電車の中で見かけた駅員さんのお話です。

 運転手さん、車掌さん以外に駅から駅への移動のために電車に乗っている駅員さんがいます。

 以前にも一度見かけたことがあるんですが、小さい子が乗っていると、カバンから電車のシールを取り出して渡してくれるのです。(もらえない時もあると思います)

 先日、電車にお父さんと小さな男の子が乗っていたので近くにいた「移動の駅員さん」がカバンからシールを出して男の子に渡しました。男の子もお父さんもお礼を言っていたようです。 

 次の駅で今度はお母さんと小さな男の子が乗ってきました。私は心の中で(よかったね〜。シールもらえる〜)と思いました。駅員さんは後から来た男の子を見てカバンを開けましたがシールが見つからないようです。カバンのポケットやら中に入っているビニールポーチやら色んなところを探し、時々男の子の方を見ています。2駅ぐらい探し続けてもないので私はもうシールはないな、残念だな〜、駅員さんは子ども好きなんだなと思って見ていました。そしたらどこにあったのかついに駅員さんがシールを見つけ、男の子に渡しました。シールをもらえると思っていなかったお母さんが笑顔でびっくりして駅員さんにお礼を言っていました。

 その後最初にシールをもらったお父さんが電車から降りる時、駅員さんに近づいて行ってお礼を言っていました。一生懸命シールを探しているのを見ていい人だなあと感激したのかも、と思いました。

 実家から自分の家に、しんどいわ〜と思いながら移動中の電車でほのぼのできたし、シールがなくて一生懸命探すところがおもしろいと主人に話ましたが、ふーんという感じでした。おもしろく感じる基準が違うようです。

またまた忙しくなってしまいました

 まだまだ暑い日が続きますね。 

 前回の投稿の後、7月後半に主人が肺の開窓術部分から大きな出血で深夜に緊急入院し、血管の処置をしていただき10日ほどで退院しました。 

 そして妹が卵巣に病気がわかり9月に手術予定だったのが、空きが出て入院手術が8月後半になりました。妹の入院初日に先生から翌日の手術の説明を受けて病院から帰ろうとしたら父の施設から父が救急車で運ばれたと連絡があり、妹の病院と別な病院なので駆けつけました。

 父は脳幹に出血してしまい危険な状態とのことでした。けれど今現在も自分で呼吸をしてがんばっています。最初は呼びかけに反応しているかしていないのかはっきりしませんでしたが2週間たったあたりから、声がはっきり聞き取れないけれないので想像ですが、はわわわ〜(〇〇《私の名前》か〜)とか、はああ〜(誰や〜)と声を出しはじめました。

 父は今年2月に家で立ち上がれなくなって2ヶ月リハビリ入院、入院中は病院リハビリの先生に立つのが難しいと言われましたが、その後入所した施設のリハビリの先生に手伝ってもらって少し歩く練習もできるまでになリました。

 5月末に肺炎で入院、その時も入院初日に家族は心の準備をみたいな話もあったのに父ならではの食欲をみせて6月末に退院、それからすぐにコロナにもなったけれど施設で療養させてもらって回復しました。

 7月末に面会した時は、まず父の弟に電話で父の声を聞かせて、電話後にいよいよ私の番となり、私が「コロナになってその後しんどくない?」と聞いたら、「しんどくないし俺はコロナになっていない」と言っていました。そしてもっと色々様子を聞きたかったのに(施設の規則で玄関先で15分の面会です)もう中に入りたいのでと言うのです。父は中に入れても私が中に入れないので待ってほしいと引き留めましたが、なぜか中に入ってしまいました。妹の手術が無事に終わったらゆっくり面会したいと思っていたらこんなことで残念です。どんなふうに施設で過ごしていたのか職員さんにおたずねしたいのですが、それを思っただけで何故か泣けてきます。でも2月から父は本当にがんばりました。

 現在私は、妹が2週間入院して退院してきたので、手術の痛さでゆっくりしか動けないというので両親のいない実家で妹と2人で宿泊しております。妹はリハビリがてら実家近くの歩いて5分のスーパーなど歩いて行くのではないかと私は思っていましたが、全く行く気がないようで(行けなくはないと思うのですがどうなんでしょうか)家でじっとしているので、痛いので仕方ないのか、本当は多少痛くてもスーパーぐらい行ったほうが治りがいいのか悩みます。 

 その他に主人の開窓術のガーゼ交換で自分の家に帰ったり、主人も実家に来たり、父の病院も1日おきに面会したり(病院規則で面会が基本週1回ですが父の容態を考えて面会許可をくださいました。)とドタバタです。 

 しばらく手芸は投稿できないかもですが、干支の編みぐるみは遅くなっても編みたいのでまたその時はよろしくお願いします。

    コロナも流行っているようですので皆さんもお身体気をつけてお過ごしください。

父は退院できました(無事カエル)

 5月末に肺炎で入院した父ですがおかげさまで6月末に退院することができました。

 実は入院初日に担当の先生から高齢、肺炎、持病と良くない条件が3つ揃っているので治る可能性が低いと説明があり、面会も禁止のため様子がわからずそれから何日かは自分も元気が出ませんでした。時々電話で病院に父の様子をおたずねしますと鼻から酸素を入れていて起き上がれないが食事だけは完食しているというので、もし退院できてもこれからは酸素も必要になるのかなど心配していました。3週間ぐらいたったところで看護師さんから「酸素も外してもうほとんど退院できますよ。施設さんが引き続き入居させてくれるか問い合わせたりの段階です。」とのことでびっくり。喜びました。

 先生にはお会いできなかったので退院時に看護師長さんに「入院初日に先生が治るか心配されていましたが、退院できるまでに治療と看護をしていただきありがとうございます。」とお礼を言いましたら「しっかり口から食べられたのが良かったです。やはり食事は大事ですね。」とのことでした。

 先生が回診の時どんなこと言ってましたかと父に聞いたら、「ご飯食べているからよろしいね」と言っていましたとのことでした。

 退院して施設に着くと職員さんが「退院できてよかった〜。」と笑顔で迎えてくださいました。

 そして少しほっとしつつ、1か月入院して筋肉減ったかな、大丈夫かな、面会予約しようかなと思っていたら父がコロナになったと施設から電話連絡が…。退院そうそうで弱っているのでどうなることかと思うし、同時に職員さんや他の入居者さんも心配です。しかし職員さんにおまかせするしかできず、申し訳ない気持ちでいました。父は食事はしっかり食べていたそうです。

 コロナになって2週間ほどたちましたが起きて車椅子で食事して元気ですと様子を知らせて下さいました。父も他の皆さんも後遺症などなく元気に過ごしてほしいです。

 

入院の時、無事カエルを願ったかえるさんです。